介護士やヘルパーは経験的に認知症の人への接し方をある程度心得ていますが、まだまだ個々の手腕に委ねられているのが現実です。介護士だけではなく、医療現場でも介護士以上に認知症患者の対応に苦慮しています。認知症の人は注射を嫌がって暴れたり、点滴を抜いたりと、問題行動を起こしやすいという認識があります。そのため紐で拘束したり、鎮静剤で動けない状態にして治療することもあります。そうした中、最近、介護施設や医療機関で採用されはじめた認知症患者のケア方法があります。それはフランスで生まれた「ユマニチュード」というものです。
認知症ケアの世界的手法
「ユマニチュード」
~介護の新たな潮流になるか
認知症の人に接するとき、経験や感覚にたよって何となく対応していることがあります。今から10年程前に開発された「ユマニチュード」という認知症ケアの技術は、言葉や身振り、目線などを活用し、様々な介護の現場で効果を上げています。介護のプロから家庭まで誰でもマスターでき、介護に苦しむ多くの人の負担を軽減するという「ユマニチュード」について解説します。
フランスで生まれたケア技術
「何でもやってあげる」は能力を阻害
ユマニチュードはフランスの二人の体育学の専門家イヴ・ジネストとロゼット・マレスコッティが開発したケア方法です。病院職員の腰痛予防プログラム指導者としてフランス文部省から派遣されたことがきっかけでした。彼らが職員たちと接して気づいたのは、専門職が「何でもやってあげている」という行為でした。例えば、立てる力があるのに寝たままで清拭をしたり、歩く能力のある人に車椅子を勧めたり、などなど。二人はこうしたケアに疑問を感じるようになります。やがて二人が考え始めたのは、本人が持っている能力をできる限り使うことで、健康を維持・向上することができるはず、ということでした。
本人の既存能力を活かすケア
ユマニチュードの目標は、第一に心身の回復を目指すものでなければなりません。その人自身ができていることまで手伝って回復を阻害することのないよう、改善を目標とするケアが大切です。次の目標は、今ある機能を少しでも維持していくことです。出来るか出来ないかを介護者が判断するのではなく、本人が出来ることや、やれることを優先したケアを目指します。最後は、たとえ回復も維持も困難な状況であったとしても、本人の尊厳を大切にし、最後までその人らしく過ごせることを目指します。
4つの基本技術と150の技
ユマニチュード開発者の二人は、「その人のもつ能力を奪わない」よう工夫し、様々なケアを実践していきました。そして構築されたのが、「見る」「話しかける」「触れる」「立つ」という4つを基本に、約150の技術を開発。人は見つめてもらい、誰かと触れあい、言葉を交わすことで人としての存在を保つことができる、という認識に至ったのです。患者の前に人として扱うことで、相手も変わっていくと確信しました。では、4つの基本技術について見ていきましょう。
■「見る」技術について
例えば同じ目の高さで見ることで「平等な存在であること」、近くから見ることで「親しい関係であること」、正面から見ることで「相手に対して正直であること」を伝えています。反対に、ベッドで寝ている人に立って話しかけると、「私のほうがあなたより強い」というメッセージになってしまいます。
■「話す」技術について
「話す」ときは、相手のことを大切に思っているという意識が必要です。穏やかな声で前向きな言葉を使うことで「大切に思われている」と感じることができます。
■「触れる」技術について
相手を大切に思っていることが伝わるよう、「広い面積で触れる」、「つかまない」、「ゆっくりと手を動かす」ことが大切です。できるだけ鈍感な場所である背中、肩、ふくらはぎなどから触れて、次第により敏感な手や顔などに進みます。
■「立つ」技術について
人間は立つことで体の生理機能が上手く働くようにできています。1日合計20分立つことで立つ能力は保たれ、寝たきりになることを防げるとユマニチュード創始者のイヴ・ジネストは提唱しています。トイレや歩行、洗面を立って行うことで立つ時間を増やすことができます。
ユマニチュードの5つのステップ
ユマニチュード技法を取り入れる介護現場では、日々の活動を5つのステップで区切り、展開していきます。
1)出会いの準備
これからケアに入る場合、介護者が来訪したことを知らせます。具体的には、居室の場合はドアを3回ノックします。返事があれば入室し、なければ数秒待ってから再びノックします。それでも返事がないときは「入りますね」と声をかけて入室。ノックや声をかけることで相手に来訪者を迎える準備をさせてあげるのです。
2)ケアの準備
介護の現場では、「今から〇〇します」と、一方的な声掛けがなされることがあります。しかし、ユマニチュードはケアの合意を得ることを重んじています。もし、合意を得られないときは諦めるという姿勢もまた大切なのです。
3)知覚の連結
ケアの了解が得られたら、次のステップに移ります。それは、「見る」「話す」「触れる」のうちの2つを行うこと。たとえば、「目を見ながら、背中に触れる」とか、「説明をしながら、手を添える」など、同時に2つの行動をとります。
4)感情の固定
ケアの後は気持ちよくケアが受けられたことを、本人の記憶に強く残します。
例えば、「散歩に行って、気持ちよかったですね」と、ケアの内容を前向きに確認。
そして、「散歩をして気持ちが明るくなりましたね」と、相手を前向きに評価する。
さらに、「私も、とても楽しかったです」と、共に過ごした時間を前向きに評価する。
その結果、「この人は自分に嫌なことをしない」という感情の記憶を残すことが可能になります。
5)再会の約束
最後は、相手から離れるとき再開の約束をします。相手は「また来てくれるんだ」という楽しい感覚を記憶にとどめてくれます。次回の約束をメモやカレンダーに書けば、常に目に触れることで、約束を楽しみにしてくれるでしょう。こうすることで、次回のケアがスムーズにできるようになります。
こちらの思うような行動をなかなかとってくれなかった相手が、喜んでアクションを起こしてくれるようになるのは、上記の5つの連動したケアの成果だといえます。こうした物語のような5ステップこそがユマニチュードの特徴です。
認知症の人は言葉や態度が攻撃的になることがあります。そんなとき、介護する人もついムキになって言い返すことが少なくありません。ユマニチュードのケアを行うことで感情的な症状が収まり、穏やかな姿を取り戻すというケースが多く報告されています。ケアを受ける人、ケアをする人のどちらもが心の負担を大きく減らせ、穏やかな生活を送ることができるようになる、それがユマニチュードの目指す介護です。
まとめ
日本ユマニチュード学会では2022年4月にユマニチュード認証制度を開始しました。また、各地でユマニチュード研修が行われ、相手にしっかり届く話し方や触れ方の訓練が行われています。興味のある方は、研修などに参加されてみてはいかがでしょうか。一般向け、専門家向けなど、介護の初心者から介護の限界を感じている方などにおすすめです。
参考:日本ユマニチュード学会
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